【1歳児の子育てパパ日記】父親失格1
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今でこそ仲が良いものの、私は自分の父親にあまり良い思い出がありません。

説教はなかなか厳しく、度が行き過ぎた体罰に病院送りになったこともあります。

やりすぎだ!!笑

目の前で見た母や兄、姉の受けたことはここで書くにははばかれるようなことで、私は一日中家に入れさせてもらえないことや、数十キロ離れた祖父母の家から怒られて歩いて1人で帰らされたこともあります。

幼稚園や小学校低学年の頃の話です。

ちなみに一日中家に入れさせてもらえないときは父親が家に入れてくれませんとひたすら近所の知らない家も含め夜中にピンポンをして言いふらし(もちろん警察沙汰です)、歩いて帰らされたときはさすがに疲れたのでもういいだろうと数百メートルで勝手にタクシーを拾って帰って(支払いはとてつもない金額できた)100倍怒られました。

当時はこれでも自分を守るのに必死でした。

始発で家を出ては終電で帰ってくる。また会社に泊まって帰ってくるという日もざらにあり、普段はそもそも会うことがあまりありませんでした。

また数年は単身赴任もしていて、たまに休日に家族のもとに顔を出したと思ったら酒を飲み、トイレでずっと嘔吐を繰り返し、不機嫌で怒鳴り散らしていました。

基本は理不尽です。

ちなみに、今この昔話をすると家族に土下座をして謝る父です。

幼少の頃、父親への恐怖心が私を覆い、体がすくんでいました。

昔はとても嫌いだったので、早く家から出て、結婚などしても妻もあわせなければ子供も見せないと決めていました。

あ!そういえば先週末も孫を抱っこして父は幸せそうでした。

母に聞くと私は父に抱っこをしてもらったことがほとんどなかったようです。

開発者としての仕事にやりがいを感じた父が開発者としてメキメキ実力をつけて評価され、自分でも仕事にやりがいを感じていた時に人事責任者に異動されたそう。

リストラする部下を決めたりしなければいけなかったそう。

仲が良く、家を建てた聞いていた部下をリストラリストに入れなければいけなかったり、仕事がとても辛いものにかわったそう。

仕事は忙しく休む暇もなく残業は200時間を超えていたとのことです。

そんな時に祖母が自転車事故で半身不随になり、父は時間があれば実家へ行き介護をする生活も始まりました。

過度に溜まったストレスら我々家族にぶつかり、私たち一家は父さんが帰ってくるとなるともうとにかく怒りを買わないようにする日々でした。

父さんなんて帰ってこなければいいのに。

ずっとそんなふうに思っていたのです。

つづく

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